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箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

13/12/23

日記

 日記を書く習慣を失って長時間が経過してしまった。日記に残すことのない無為な日々を過ごしたからか、あるいは日記をつけないから無為な日々を過ごしたのか。卵と鶏の議論だ。この三連休とその前の金曜日はWHITE ALBUM2(PS3版)をプレイしていた。そろそろ終わりを迎えるアニメの感想をまとめるに向けてもう一度やり直す必要が生まれたのだった。

 

 初めてWHITE ALBUM2をプレイしたのは11年暮れのこと。12年明けに一気に進めたのが懐かしい。当時は冬馬かずさに首ったけだった。高校編の不良ぶっていながら一途で不器用な姿は、それまでの私の傾向からして、当然のようにグッときたし、社会人編の母親と暮らす望を叶えながら尚も北原のことを忘れないのには感涙した。

 冬馬のルートはノーマルもグッドも、小木曽の大団円のグッドエンディングより、どちらも彼にはありそうでエンディングに相応しいと思った。大人になっても小木曽と冬馬の2人を取ろうとして沼に嵌り冬馬に捨てられ小木曽に救われるその姿こそがWHITE ALBUM2の北原だろう。と同時に、友情、信頼、地位その全てを捨て去って冬馬かずさだけを勝ち取るカタルシスは、それまで愛するひとりを選択することが出来なかった北原だからこそ生まれる。私は和泉バッド経由で冬馬ノーマルにたどり着くのが最も北原春希が「WHITE ALBUM2らしい」と信じている。彼を人間のクズだと罵るのは容易いけれど、WHITE ALBUMはそういう物語なのだ。選べない男が、「みんなに」好きだと言ってしまう物語、それがWHITE ALBUMだ。

 当時の私は社会人編で北原と冬馬と小木曽の3人の物語に決着を付けることだけが、それだけが北原にとっての本当の幸せだと信じていた。冬馬に報いることが北原と小木曽が背負うべき業であり、その先にこそ幸せが待っていると。しかし、2年の時を経てプレイし直してみるとまた違った感想が生まれた。今の私は、大学編で3人の物語を破綻させてしまうことに3人の幸福をみるようになった。北原は杉浦・和泉・風岡の誰でもいいから交際し、小木曽と別れてしまうのがいい。カルマから解放されよう。北原と小木曽の交際には、冬馬と再会するまで、彼女の影がつきまとう。過去の因縁に囚われながら生きることをプレイヤーたる私は望まない。

 この感情は北原の感情とプレイヤーの感情の意図的な誤認だろうか。しかし、恋愛シミュレーションゲームの体裁を取っている以上、北原の行動の選択権はプレイヤーにある。私は、北原の葛藤が私に流れ込むのと同時に彼に私の感情が流れ込むのをとても心地よく感じる。主体性の消失と融合、これぞ恋愛シミュレーションゲームの醍醐味だろう。

 

 

 

 話は変わるけど、麻理さんの太ももに吸い付きたい。脚をなで続けたい。

「私を冷え性の年増みたいに扱うな」

麻理さんはそう言うだろうけれど脚のふくらみが気持ちいい。冷え性じゃなくたってきっと撫でたさ。拗ねた顔の麻理さんの表情は、麻理さんの表情の中でいちばんかわいい。格好いいのは仕事をかき集めるときの麻理さん。それに、俺は麻理さんが年増だなんて全然思わない。たった5歳。大学生と社会人だからすこし目立つかもしれないけれど、1年もすれば社会人と社会人。まったくおかしいところなんてないね。頼りになるのがすごく格好良い。ウブなのがすごいかわいい。自分から導くとかたくなに主張しながらフェラチオで歯を立ててしまったシーンは本当によかった。すばらしい。

 アメリカへ渡ってからは鈴木さんや雨宮さんにからかわれることもなくなるだろうかrファーストネームで呼ぶことになるだろうし、ベッドの中でおずおずと下の名前を呼ぼうとする麻理さんは、それまでの麻理さんにないくらいかわいいと思う。

以上です。そういうSSを俺は書きたいんだ。