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箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

14/03/26 私がアイドルマスターシンデレラガールズ・ミリオンライブをプレイしない3つの理由

 予め断っておく。私はアイドルマスターを心から愛しているし、『アイドルマスター』にはシンデレラガールズもミリオンライブもそれからジュピター、876も含まれると思っている。それでもアイドルマスターシンデレラガールズアイドルマスターミリオンライブあとSideMもプレイするわけにはいかない。シンデレラガールズだと上条春菜や姫川友紀、村上巴、荒木比奈を、ミリオンライブだと七尾百合子と天空橋朋花をプロデュースしたいと心底願っている。プレイしないで集められる情報は出来るだけ集めている。台詞Wiki、プレイ動画、感想記事、感想tweet。それでもプレイすることだけはできない。今から3つの理由を述べる。

1.孤独に勝手気ままにプレイしたい

 協力プレイ怠い。面倒くさい。電源系ゲームはひとりでやらせろ。

2.アイドルをプロデュースしたい

 私はソーシャルゲームのプレイヤーのことが不思議に思えてならない。彼らがプレイしているのは〝露骨な〟数字の大きさ比べである。アイドルのプロデュースを模したゲームではない。辛うじてアイドルゲームである面と言えばUIと台詞とイベント名に始まる固有名詞だけである。どうして疑問を抱かずに或いは抱いた疑問をかみ殺してプレイしているのか。理解できない。確かにコンシューマ版も突き詰めれば数値の大きさ比べでしかない。それでもレッスンの割り振りやオーディションやコンディション管理はプロデュースしているように錯覚できた。錯覚できるようなゲームだった。属性も得意分野の伸びが良くなったり衣装の相性があったり単なるタグではなかった。

3.女衒になりたくない

 これが最大の理由だ。私がプレイしたいゲームはアイドルをプロデュースするゲームであって、アイドルを集めるゲームではない。アイドルが手許にいることは前提である。それがどうだ。ガチャを回しイベントをクリアし初めてプロデュースが許される。そうでない者はどうか。ゲーム内のアイテムをアイドルと交換して彼女をプロデュースできる。交換だとバザーだと。人を馬鹿にするな。彼女らは人間だぞ。それをゲーム内アイテムで数値化して換金して、まるで女衒ではないか。現実だって同じじゃないかと言う人もいる。阿呆か。ゲームと現実の区別を付けろ。何のためにゲームをプレイするんだと思ってるんだ。資産を転がしたいなら金融でもやってろ。アイドルをプロデュースするゲームだぞ。彼女らの人格を認めろ。ガチャを回せばアイドルが手に入る。資産価値の低いアイドルが出ればハズレだと言い特訓で食わせてしまえと言う。クソッタレが。アイドルが彼女の人格とはまったく無関係なところで貶められる。耐えられない。クソが。そんなのは現実でやってろ。ゲームだ。ゲームと現実の区別を付けろ。理想郷であるべきゲームでは、そうなくてはならないゲームでは、人はただその人のあり方によってだけ判断されるべきであって、断じてその人とは関係のない資産価値や強さやレアリティで判断されてはならない。理想的なアイドルゲームではアイドルの性格や口調や容姿だけでアイドルが語られるべきだ。

 

クソッタレが。