箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

15/12/31 今年読んでよかった小説5選

 今年はSFから幻想文学に軸足を移しつつやっぱりSFから離れられず、みたいな読書をしていました。外宇宙よりは内宇宙(ルビ: インナーユニバース)に惹かれるようになってきています。2016年こそは『ヴァリス』シリーズを読みたいですね。

 2015年には70冊程度*1の小説を読みました。その中で特に面白かった小説を5作紹介します。

  1. 『完璧な夏の日』(ラヴィ・ティドハー)
     WWIIから現代を舞台にした歴史IF小説。ユーバーメンシュ*2が世界各国に現れたら大戦の行方はどう変化するか描いた。アメコミ的超人が前線、諜報、民間問わず活躍する歴史IFでありながらも歴史の大筋が現実のそれと変わることはなかった寂寥感と、9.11まで至った視野の広さを高く評価している。異能を身につけながらも単独でパワーゲームに参加できるほど強くなることもできず常人と肩を並べられるほど弱くもない「ユーバーメンシュ」たちの苦悩は、歴史の表舞台に登場することなく影の中に消える。アメリカ陣営のスーパーヒーロー達が華々しく前線で戦闘し広報にも積極的に登用されていたことは、主人公らの属していた諜報舞台〈高齢退役軍人局〉が霧の街ロンドンに位置していることと好対照であろう。
     また、バディ物としてよくできており、主人公の男二人の空気感は特筆に値する。
  2. 『紙の動物園』(ケン・リュウ)
     中国系アメリカSF作家の気鋭ケン・リュウの日本オリジナル短篇集。翻訳者の古沢嘉通によると次巻以降も企画中とかそうでないとか。
     母の折った魔力の宿る折り紙にまつわる表題作「紙の動物園」は感情に訴える。私の一押しは「良い狩りを」。魔の生き残る中国に列強の資本が流入し機械化が進むさなか、妖怪退治師の息子は妖狐の娘と出会う。文明の光は魔の闇を白く焼き尽くし彼らの住処を奪う。大人になった彼は出稼ぎに出た上海でヒトに「奉仕」する妖狐と再会し共に復讐を誓うのであった。スチームパンク的雑駁さに覆われた上海に富裕層の露悪的な悪趣味が彩りを与える。見どころは魔と文明の交差するラストである。『紙の動物園』には「SFである必然性がない」と批判が向けられたが、しかし、「良い狩りを」の結末は紛れもなくSFだ。
  3. 『民のいない神』(ハリ・クンズル)
     要約を拒む。アメリカの砂漠地帯に発生したカルト教団の結成と崩壊、イギリスから砂漠に逃げたロッカー、神隠しに遭った自閉症の幼児と彼を捜すその両親、先住民を研究する民俗学者、様々な時間の様々な人びとの物語は焦点を結ばず、巨大な体験のオーラルヒストリーとそれに付随する小さな物語、付随しない小さな物語、「読む」というより「垣間見る」という方が近い。
  4. 『エピローグ』(円城塔)
     円城塔サイコー!!!!!!! 円城塔には二つの能力がある。すなわち、いわゆる「数理的」などと呼ばれたりする実験的小説を企画立案し商業に乗っける能力。もう一つは小気味良いテンポで描き込み量を増やしながらひたすらにエモーショナルで殴りつける能力。本作は前者――「現実宇宙から層宇宙に〈退転〉した人類」というアイデア――を後者――自在に変化させる解像度――が支えている。ボーイミーツガールであり、ラブストーリーであり、SFである。ラブストーリーであること、小説であること、定命である人類の読めるものは原理的に有限であることがアイデアの根幹を為している。読め。
  5. 『アメリカ大陸のナチ文学』(ロベルト・ボラーニョ)
     大戦後のアメリカ大陸でナチスを主題にした芸術家たち――ただし架空の――の伝記集。Wikipediaをザッピングするような楽しさがある。二次創作でこれやりたいよな。

 

 以上、五作でした。2016年も良質なフィクションを読めること祈念して閉じます。

*1:

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*2:ドイツ語で「超人」の意