読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

161207 mixiの思い出

 mixiが「黒歴史キャンペーン」なるキャンペーンを始めていた。曰く、自他問わず古い日記が掘り返されるらしい。私もかつては、たしか高校の二年のときには入会していたはずだ、一年かもしれない、すべて曖昧だ、mixiユーザだった。高校二年の二月にはtwitterに軸足が移っていた気がする。しかし、私の高校時代はたしかにmixiと共にあった。いま振り返ればLINEやtwitterより気楽な時代だった。足跡はビッグブラザー的だったかもしれないが既読スルーや未読スルーに悩まされることはなく、公開範囲も思うがままだった。おおらかな時代だった。むろん、私がなにも考えずに使っていたからおおらかだと思い出されるのかもしれないが。

 かのサービスと共に必ず思い出される風景がある。

 通学電車だ。片道三十分だった。いまや高校の最寄り駅は改装され、近所のサークルKも――ファミマだったかもしれないが――なくなり、路線の駅の数も変わってしまった。変わりゆく景色の中で記憶の景色はいつも変わらない。二両編成の通学電車の中、俺は携帯電話でmixiを更新している。iPodからはスピッツかブルハが聞こえる。アニメソングも聴いていた。あのときの俺は紛れもなくオタク高校生で、しかも田舎に住んでいたから、最速で映ったストライクウィッチーズには本当に感動したんだ。

 さて、俺はmixiとともにいま二つの鉄道風景を思い出している。

 ひとつはきっと土曜だろう。昼下がりの高校の最寄り駅だ。ボロい駅舎だ。単線で、上りと下りが器用に乗り入れる駅だ。駅員のおばちゃんは顔見知りで、塗装のはげた看板が立っていた。ナントカ医院ってやつ。ともかく、土曜の昼だった。補習だろうか、部活の午後練だろうか、それとも予備校だろうか。俺は携帯電話を握りしめている。最新の日記へのアクセス数が気になって仕方ない。きっと部活のことや、白状しよう、恋のことも書いていた。恋の話はとりあえず忘れよう。部活だ。当時は県下どころか隣県の高校にもない珍しい部活に入っていた。だから大学生や、ときには社会人と交流していた。mixiは田舎の高校生の俺にとって、大人の世界への窓だった。馬鹿馬鹿しいかもしれないけど、本当だったんだ。マイミクは大学の二回生かせいぜい三回生だろう、いまになって思えば誰もが幼いけれど、まぎれもなく彼らは「大人」で、俺は彼ら大人に見てほしくて、彼らの仲間になりたくて、必死に練習していた。理由をつけて大学のサークルにも遊びに行かせてもらった。動画も研究した。そんな俺は田舎の高校の中庭で、俺がここにいるんだって、こんなすごい高校生がいるんだって練習していたんだ。

 俺はその後、晴れて彼ら大人のいる大学に合格して一緒のサークルに入った。しかし、彼らはやがてサークルから姿を消し、私もいずれ足が遠のき、いまは学生生活の最後の宿題の書き物をしている。このお話の登場人物は、みんなどこかへ行ってしまった。

 もうひとつは秋の暮れだ。晩秋の夕暮れのあの日、俺は予備校を休んで――予備校と言っても東進衛星予備校だから行くか行かないかは俺次第だった。サボりがちだったよ正直――電車に揺られている。必死にテンキーを打っている。カットアンドペーストとアンドゥがやたらむずかしかったんだ。矢印キーだけではあちこち動くのにあまりに不便だったから。秋の俺はいつも実らない恋のことを考えていた。その後二度振られ、翌夏の生徒会室で人伝てに「(本名)くんと帰って噂になるのがイヤだった」と聞く羽目になった同級生に懸想していた。あの日の鮮やかな感情を思い出すことはもうできないけれど、そういうことがあった。mixiにはそういうことばかり書いていた。日記の公開範囲をマメに設定して、推敲して、公開して、恥ずかしくなってすぐ非公開にしていた。

 それらすべては通学電車の中の出来事だった。通学電車のなか俺は遠い大人の世界を夢見、隣のクラスのあの子に想いを馳せ、ひたすらに文字を打っていた。

 mixiは俺の青春だった。

 田園風景と無人駅が懐かしい。