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箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

170116 雪が降った。

 最新エントリが脚本術のまとめのやつなのはいかにもダサすぎるワナビに見える気がしたので日記。

  京都市全域に雪が降った。俺の住んでいる西京区も雪で覆われた。こんなに積もったのは3年ぶりだ。

 ところで俺の部屋は新興住宅街にある。休日になると朝夕問わずチビッコがはしゃぎ回る、賑やかな立地だ。未就学児から小学校低学年くらいまでの子どもたちがご近所さんとボール遊びやかくれんぼをしている。「ああ、このジャリッ子には幼なじみがいるんだなあ」と感慨に耽ることもしばしばだ。うらやましくはないが、素敵なことだと思う。

 幼なじみと姉は喪うためにある。喪う機会は多ければ多いほうがいい。幼なじみであろうが姉であろうが、二度目の喪失も悲劇だ。それに続く三度目、四度目もおそらく悲劇だろう。喜劇は歴史の反復にこそ潜むのであり、喪失それ自体は何度重ねても悲劇だ。そんな幼なじみたちの土地に雪が降った。

 土曜の朝から冷え続けていた京都であったが、翌る日曜朝は酷く冷えていた。ひでえ寒さだと「寒いね~、雪でも積もったんじゃない」などとこぼしながらカーテンを開けると、向かいの家のベージュの屋根が真っ白になっている。その日すこし出かけなければならなかった俺は雪を見なかったことにしてテレビ番組を流していた。旅番組だ。親父の地元だった。見知った人こそ映らなかったが、盆正月に帰るといつも取り沙汰されている人物の名前があった。奇妙な感覚。光浦靖子らがはしゃぎながらズワイガニを食べ始めたところで飽きてテレビを消した。

 昼飯は前夜の残りのレタスと焼き鳥のパック、それからカニカマ。カニは内子だけあればいい。10本の脚のうち2、3本くらい内子にしてもバレないんじゃないだろうか。カニカマをかっ食らってエイヤッとバス停まで歩いたところで外出不可能だと判明。すごすごと部屋に戻った。

 道々の家々には雪だるまが林立していた。儚くも記憶に染み入れ幼なじみたちのアイスマン