箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

200112 最近読んでいる漫画について

2019年の10月ごろから急に漫画を読み始めたので、備忘録を兼ねてまとめます。

2019年の春ごろまで、元より追っていた漫画家の漫画か、購読している雑誌に掲載されている漫画か、周りでの評価が固まった漫画かを読んでいたものの、ふと、自分でも探して読んでもいいのでは(むしろその方が好みに合致した漫画を見つけられるのでは)と気付きました。そのため、やや期間が空いたものの、冒頭に書いたように秋ごろから本屋で漫画コーナーをチェックするようになりました。

2019年春以降に読み始めて、2020年1月現在で連載を追いかけている漫画をいくつか紹介します。

 

『水は海に向かって流れる』(田島列島

いわゆる男女シェアハウスもの。男子高校生の主人公・直達くんは、同じ屋根の下に暮らす26歳女性会社員・榊さんが「父の不倫相手の女の娘」だと知ってしまい――。

同じ屋根の下の住人同士でも、互いに住人について知っていることにはバラつきがあります。

例えば、シェアハウスの住人の一人に「おじさん(直達くんの母の弟)」がいます。彼は「姉の夫」が不倫していたことを知らず、直達くんは「父」が不倫していたことを知っています。このようにして、「父の不倫相手の女の娘」である榊さん関して知っていることについて、バラつきが生じています。

本作では、そのようなバラつき、情報の格差から起きてしまったトラブルに深い人間味が感じられます。有り体に言って、人間の観察があります。

こういうイベントちょっと羨ましいね、と、こんなトラブル本当に起こったらたまったもんじゃないですわ、の間を上手く縫ったストーリーが魅力です。

水は海に向かって流れる(1) (週刊少年マガジンコミックス)

水は海に向かって流れる(1) (週刊少年マガジンコミックス)

 

 

 

『ワンダンス』(珈琲)

言葉がなくても伝わってくる

なんかすごく 自由だ (『ワンダンス』1話より)

吃音を抱えた男子高校生1年生・小谷花木は、言葉のいらない表現、ダンスに「自由」を見出します。

小谷は(多くの男子高校生がそうであるように)多くのコンプレックス、すなわち不自由を抱えています。どもらずにはできないコミュニケーション、大きすぎる身長、周りの目、性……。

本作は、小谷が高校に入学して「ダンス部による部活紹介のダンス」を直視できなかったシーンから始まります。

小谷は、中学校の授業の創作ダンスで、自分のダンスが笑われている「ような気がした」ことをきっかけに、他の人が踊っていてさえもダンスを見ることができなくなってしまいます。このシーンは、彼が抱えている不自由さを非常に端的に示しています。

本作の魅力とは、「『不』自由」側から「自由」側へのアプローチにあります。

ダンスとは、言葉に頼らない表現です。ダンサーは、吃音の有無にかかわらず、言葉を使わずに表現しますし、長い手足はダンスに映えます。そして、それを魅せることを目的にしています。

さて、冒頭の引用は、小谷がヒロイン・湾田光莉のダンスを目にして感動した際に発した「心の声」です。この「心の声」は、(読者を除いて)誰にも伝わっていません。

『ワンダンス』とは、小谷花木がこの「心の声」を、ダンスで、あるいは口に出して自由に表現できるようになるまでの物語なのかもしれません。

 

ワンダンス(1) (アフタヌーンコミックス)

ワンダンス(1) (アフタヌーンコミックス)

 

 

『はしっこアンサンブル』(木尾士目

ギターを弾くときには、張られた弦をはじきます。弦をさらに強く張ると高い音が鳴ります。では、低い音を鳴らすには?

さて、本作は、工業高校を舞台にした合唱漫画です。

主人公のひとりである藤吉晃は、低すぎる声にコンプレックスを抱えていて――と、本作も声にコンプレックスを抱える主人公。もう一人の主人公は、工業高校に合唱部を作ろうと試みる合唱経験者・木村仁。

コンプレックスを持ち味へと転換するアプローチとして、『ワンダンス』ではダンスの性質が用いられていましたが、本作では、揺るがしようのない物理的な性質が用いられます。

登場人物の誰しもがなんらかのコンプレックスを抱えながらも、それでもなお(むしろ、抱えているからこそ)ひとつの歌を合唱する姿が心に響きます。

はしっこアンサンブル(1) (アフタヌーンKC)

はしっこアンサンブル(1) (アフタヌーンKC)

 

 

『大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック』(植芝理一

僕は鈴木実(すずきみのる)、16歳。

誰にも言えない悩みがあるんだ。それは、時々高校時代の母さんが見えること。

どうやらそれは、死んだ父さんの記憶がフラッシュ・バックしてるみたいだ。 (講談社公式サイト紹介文より)

母の女子高生だったころの(ちょっとエッチな)姿がフラッシュバックするせいで実母に恋してしまった男子高校生が主人公のお話です、と紹介されると尻込みする方も多いのではないかと思います。

しかしながら、本作の魅力は、その突飛な設定から想像されるような、ちょっとエッチなラブコメっぽさとは別のレイヤーにあります。(ちょっとエッチなラブコメっぽさも魅力のひとつではあります)

その別のレイヤーについて解説する前に、基本的な背景を説明させて下さい。主人公・鈴木実の母、鈴木綾(旧姓・大蜘蛛綾)は、実が通っている高校の漫画研究会出身の漫画家です。綾は、実の父(綾の夫)と漫研で出会っています。

実にフラッシュバックする大蜘蛛ちゃんの姿は、父の目を通して見た女子高生時代の大蜘蛛ちゃんのものです。すなわち、実にフラッシュバックするエピソードとは、漫研時代の両親のエピソードです。

さて、実は大蜘蛛ちゃんからの影響を受け、彼自身も漫研に通うこととなります。漫研では、同級生の女子にしてサブヒロイン・一一(にのまえ はじめ)や、先輩・薬袋(みない)と出会い、彼の居場所を作っていきます。すなわち、実は二つの時代の漫研で過ごしています。一方では自分自身として、もう片方では大蜘蛛ちゃんに恋した男子高校生の目を借りた傍観者として。

ようやく冒頭の「別のレイヤー」に戻ります。

本作の魅力とは、実が二つの時代の一つのコミュニティを(擬似的に)行き来することによって生まれています。

漫研部員と過ごす実には(往々にして、一(にのまえ)とイイ雰囲気になったときに)大蜘蛛ちゃんと父とのエピソードがフラッシュバックします。

実と一(にのまえ)は、実の父と大蜘蛛ちゃんと同じく漫研で過ごしています。このため、フラッシュバックは、現実に重なります。しかしながら、実は実の父ではないし、一(にのまえ)は大蜘蛛ちゃんではありません。ゆえに、フラッシュバックは、現実に一致しません。

この「重なりながらも一致しない」フラッシュバックには、大蜘蛛ちゃんとの記憶を実にフラッシュバックさせる実の父と、現実に一(にのまえ)との体験をする実との駆け引きが感じられます。

そして、このフラッシュバックには、フラッシュバックを描く作者と、フラッシュバックに基づいて予想を立てる、すなわち実が大蜘蛛ちゃんを選ぶのか、それとも一(にのまえ)を選ぶのか予想して興奮する読者との駆け引きが見出せましょう。

本作に感動したあまり、作者・植芝理一の『謎の彼女X』と『ディスコミュニケーション』も読みました。ぜんぶよかったです。その上で私は断言しますが、最新作『大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック』には、『謎の彼女X』よりも高度な話作りをしようとする志を感じました。

本作『大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック』は、『謎の彼女X』と同様に、飛び道具で耳目を集めながらも地に足が着いた優れたラブコメです。そして、その上で、ダブルヒロインについて作者との駆け引きを楽しめる、二度美味しいラブコメです。

大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック(1) (アフタヌーンKC)

大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック(1) (アフタヌーンKC)

 

 

『君は放課後インソムニア』(オジロマコト

不眠に悩む男子高校生が、同じく不眠に悩む女子高生と、廃部になった天文部の部室で出会う話です。天文部の部室で一緒に寝たりします。本作はそのキャッチーな設定、ともすればポエミーまんがに堕しそうな設定に反して、リアリティを相当にコントロールしています。

現在は2巻まで出ていますが、1巻だけではなくて2巻まで読んでみてください。

そして、1巻と2巻が同じ漫画であることに驚いて頂きたいと切に願っています。私はそのリアリティラインの引き上げ方に頭が上がりませんでした。

(下記リンクから第1話を読めます)

君は放課後インソムニア(1) (ビッグコミックス)

君は放課後インソムニア(1) (ビッグコミックス)

 

 

『すべての人類を破壊する。それらは再生できない。』(横田卓馬

1998年の中学2年生たちがMTGマジック:ザ・ギャザリング)、恋、そして恐怖の大王に胸を躍らせる漫画です。恐怖の大王がすべての人類を破壊してくれるかもしれなかった1998年の中学2年生になりたくないですか? 私はなりたいです。

 

『オンラインの羊たち』(詩原ヒロ)

1999年の中学生たちがインターネットに心を躍らせる漫画です。

『すべての~』について、現役MTGプレイヤーである知人は「中学校のギャザでノスタルジーはわかるけど、おれは「いま」ギャザをやってるからノスタルジーにしてほしくない」と述べていました。つまり、MTGが当時から現在まで連続性を持っているということであると思っています。

本作は、舞台設定からしてそうだし、公式サイトでも堂々と『ノスタルジー』と銘打たれているのだけれど、ノスタルジーで切って捨てるには勿体ないほど、「現代とは違う時代」の価値観でインターネットをしようとしています。パソコンが「よくわからん箱」であって、インターネットは「よくわからんもん」だった時代は、20年という年月以上に過去なのではないかなと思います。

ホムペの時代はとうに去り、誰とでも繋がれるSNS時代であり、なんならSNSも分断されようかという現代、一種の時代劇のような読み方をしています。

オンラインの羊たち1 (ジヘンコミック)

オンラインの羊たち1 (ジヘンコミック)

  • 作者:詩原ヒロ
  • 出版社/メーカー: Nagisa
  • 発売日: 2018/11/02
  • メディア: コミック
 

 

以上です。

結果的にアフタヌーン掲載作が多くなりました。アフタヌーンは購読することにしました。個別には紹介こそしませんでしたが他にも『かげきしょうじょ!』、『プラネットガール』、『彼女、お借りします。』など追っています。