箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

伊藤某以後

 現在確認することができる「いろは連作 第弐百参拾五位相」は伊藤某の未完成作品が元になったと言われている。言われている、というのは連作が発表される度に前作が破棄されるために伊藤の作品に相当するらしい文章を原形と比べることができなくなったからだ。彼の作家仲間が追悼をこめて未完成作品へのオマージュを始めたものがその起源らしい。魯某と名乗った作家が伊藤某の書いたプロローグを受け第1章を書き上げる、橋本某がその続きを、そうしていろは順の作家が加筆し続けて出来上がったのが全47章「いろは連作」である。

 しかし、伊藤某の死後なおも彼のフォロワーは増え続け我も我もと連作に加わることになった。困り果てたのはエピローグを書き上げて連作を締めることになった47人目作家である須永某、エピローグを書き上げたものの、連作に加わりたいと表明する作家は増えるばかり。窮状に陥った彼は、彼まで46人が書き上げた原稿の一切を破棄して第1章のセルフパロディを「いろは連作 第弐位相」として以下の声明と共に発表することにした。

「伊藤某に続くものこの連作に加わるべし」

 斯くして「第弐位相」が世界中のSFワールドに空前のブームを巻き起こしたのが5世紀前の出来事である。こうしてこれまで連作が増殖し続けること234回、いまや第弐百参拾五位相まで到達した。小説を読む習慣は3世紀前に失われ、「連作」が顧みられることはなくなったが、第壱百七拾弐位相からは自己複製型オートマトンによって更新され続けている。

 

以上が「以後」から5世紀経った現在の様子である。