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箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

14/02/22 『My Humanity』長谷敏司

SF

 『My Humanity』を読了した。

 長谷敏司について語りたい。長谷の問題意識とは「異文化との対立・融和」にある。彼の特色としては、文化の範疇にヒトだけでなく「魔法」*1や「科学技術」*2を含めること、つまり文化に対する極端な相対主義が挙げられる。また、人間性こそが対立する文化の中でヒトが最後に人間である条件だとビジョンを打ち出すことも作家性のひとつだ。「父たちの時間」では彼のらしさが滲み出ていた。

 「父たちの時間」では異文化にナノマシンを配置した。自身の生存圏を作ろうとするナノマシンと、人間社会に父として適応できない主人公・持田祥一。ナノマシン・家族・個人、3つの領域がせめぎ合う。ナノマシンの破壊を研究する持田は家族との折り合いがつけられず家庭を失う。彼は家庭を一度放棄してナノマシンの破壊に心血を注ぎ、個人として文化圏であるナノマシンに対決を挑むことになる。しかし彼の試みは悉く失敗しナノマシンは繁殖を続ける。ここで個人は文化に敗れることになる。人類学者のメイ・劉は持田に語る『父は生殖と共にオスの役目を終える。』彼は家庭での役割を失った父だったと自覚する。自覚しながら実感を持たなかった持田は容態を悪くしていた息子の余命が短いと告げられて初めて家庭の重みを知った。父を家庭につなぎ止めるもの、彼をナノマシンと対決させ得た動機が「人間性」だったと理解し物語は幕を閉じる。

 今作で持田が最後に手にしたものは家族という文化だった。思えば個人と文化の対立は円環少女で繰り返されたテーマである。武原はメイゼルを擬似的な「家族」として勝利した。あるいはBEATLESSでメトーデがレイシアに敗れ去るのはメトーデが単体でしか活動できないからだろう。あなたのための物語で身よりのないサマンサは尊厳なく死ぬ。

 長谷の描く世界は過酷である。ひとりで戦う者は必ず敗れる。過酷な世界での希望とは『Humanity』だ。

*1:円環少女

*2:BEATLESS・あなたのための物語