箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

2023年の5冊

今年は、以下の5テーマに沿った読書がメインでした。(90冊前後)。

  1. 小説
  2. 小説の種本
  3. 半導体(おしごと)
  4. コンサル本(おしごと)
  5. 精神の健康

その中からそれぞれ1冊ずつ選んで紹介します。

  1. 『ギケイキ 千年の流転』(町田康
  2. 『習得への情熱―チェスから武術へ』(ジョッシュ・ウェイツキン)
  3. 半導体戦争』(クリス・ミラー)
  4. 『リサーチのはじめかた』(トーマス・S・マラニー、クリストファー・レア)
  5. 『反応しない練習』(草薙龍瞬)

1. 『ギケイキ 千年の流転』(町田康

「これからは町田康を読もう!」と決心した一冊。

クソ笑いながら読みました。室町時代に成立した軍記物語である『義経記』を現代風にアレンジした小説なんですが、その頭で読むと書き出しから殴られます。

「かつてハルク・ホーガンという人気レスラーが居たが私など、その名を聞くたびにハルク判官と瞬間的に頭の中で変換してしまう」

現代である。地名もいまの四十七都道府県で書かれたりするし、西暦が使われたりもする。ぶっ飛んでいる。

しかしながら、ここが町田康のすごいところ。源義経を始めとする人物、みな「っぽい」のだ。地元のヤンキー(ジモヤン)っぽさがあるが、当時の死生観(と読者が思ってしまう価値観)がガンガン滲み出ているのです。一言で言うと、躊躇いなくめっちゃ人を殺すのです。そういう時代だったので、と。

現代の書きぶりと当時の価値観とが調和して、謎のバイブスが生まれている。それが『ギケイキ』。

『口訳 古事記』から町田康に入りました。こっちも大概ジモヤンの話。

 

2. 『習得への情熱―チェスから武術へ』(ジョッシュ・ウェイツキン)

チェスで全米チャンプになった後に推手(太極拳)の世界大会で優勝したという異色の経歴を持つ著者による「上達」に関するエッセイ風味の一冊。

上達とは、基礎段階、推移段階および応用段階に分かれる。上達の基礎段階を決定づけるのは、習得する物事に関するアプローチだ。アプローチには「得意だから達成できた」と「頑張ったから達成できた」との二種類が存在する。このうち後者の方が、物事に対する見方が理論的になり、能力は漸次的に増大し、ついに熟達する。前者は、能力が実体として固定されたものだと思い込んで、熟達への道が閉ざされている。

推移段階では、あえて複雑さを取り払ったシンプルな状態で物事に取り組む。これにより、物事の本質をよりクリアに習得することができる。

応用段階では、本質同士を組み合わせ、それらを無意識に取り出せる一つの「チャンク」へと昇華させる。当初は意識的にしか組み合わせることのできなかった複数の本質だが、やがて一連の手続き=チャンクとして無意識に扱うことができるようになる。本質を細かく刻み、組み合わせ、無意識に扱えるようにする。これこそが「上達」だ。

 

3. 『半導体戦争』(クリス・ミラー)

半導体でお給金をもらっている身としては本当に興味深い内容でした。個人的には、究極的なカスタマーであるインテルTSMC、あるいはソニーといった、半導体を製品の製造プロセスに含んでいる(あるいは製品そのものである)企業の歴史を互いに関連付けながら読むことができたのが最大の収穫でした。

工学部のエリート達によって生み出された「半導体」という新たな技術がビジネスの種となり、経営者は工学部卒から会計士に移り、国家の命運を握る鍵となる。その歴史を描いた一冊。

内容としては、とにかく半導体のビジネス! ビジネス! ビジネス! 半導体はビジネスとして生まれたごく初期こそはペンタゴンが最大の顧客であったものの、やがてCEOたちは民生品の需要を最重要視するようになる。1970年代だか80年代だかに始まった話だが、2023年現在にもその構造が続いている。

つまり、米中の半導体を巡る貿易摩擦もまさにそこ――民生品の需要、要するにiPhoneを始めとするスマホやPC、サーバーの中国における需要――が焦点であり、結局、軍事転用されている技術であるにもかかわらず、アメリカ企業にとって(ペンタゴンより遙かに)巨大な市場である中国が魅力的すぎる。それがゆえに中国への技術移転が進んでしまう──。そんなジレンマが現代の米中の摩擦を引き起こしている。

現代に関する記述はやや危機感を煽りすぎ感もあったが、歴史をここまで詳細に書いた本はこれが初めてか。

半導体ビジネスの覇者』(王百禄)は、数ある半導体屋さんの中でもTSMCに焦点を絞った一冊。サプライチェーンを含めたバックオフィスの強みが存分に書かれており、企業研究として読むといいと思います。

インテル 世界で最も重要な会社の産業史』(マイケル・マローン)は、今読んでいる途中ですが、歴史の本として面白いですね。『半導体戦争』でも紙幅が割かれた、半導体の産業化の前日譚が厚め。

 

4. 『リサーチのはじめかた』(トーマス・S・マラニー、クリストファー・レア)

リサーチは「問い」から始めよ。問いは「問題」に洗練せよ。そして、問題を「プロジェクト」に起こし、また「問題集団」と共有せよ。そのために「自分中心の研究者」であれ――。

「自分中心の研究者」とは、自分の内側から湧き上がる声に耳を傾ける研究者である。自分がどんな対象に関心を持っているのか、自分がどんな対象に退屈を感じるのか、自分の興味を検分することで、問いに繋げる。

「問い」とは、一言で言えば、クエスチョンマークで終わるような、自分の関心である。注意されたいのは、ピリオドで終わる「テーマ」ではないということだ。問いはどれだけ多くても構わない(むしろ多い方が望ましい)が、それぞれの問いは狭く具体的であるべきだ。

問いを洗い出したら、わかりやすさ、反証可能性、無視、明確性を有しているかどうかをテストする。さらに、それらの問いに答えるならばどのような資料があらかじめ必要かを想像する。このように問いの具体化を進める。

ここまでのプロセスで重要なのは、問いの洗い出し、具体化はあくまで自分の内側から行う点だ。まだ資料の深掘りはしない。

すると、いくつもの問いを発見するだろう。これらの問いの根底には、深く一般的な「問題」が横たわっているだろう。点のように散らばった問いを線で結んで大きな絵を描くようなイメージで、問題を描き出す。ここでようやく資料の登場だ。資料から問いを引き出すのだ。一つの資料を多くの視点から検めてみる。結果として、問いが生まれていることだろう。言い換えると、問いと問題とは、行ったり来たりの関係にある。線つなぎゲームのように、点を繋げるために問題を想像し、問題を想像するために問いを立てる。

続いて、問題を「プロジェクト」として設計し直す。上述の線つなぎゲームを成功させるためにはどんな資料が必要かを検討していく。プロジェクトの成功を思い描くのだ。これは、(自分中心の研究者でありながら)外向けの言葉も持った研究者へとなるということでもある。

最後に「問題集団」と問題を共有する。自分の問題と同様の問題を抱えた集団と知見を交換するのである。このために重要なのは、問題集団の問題と、自分の真の問題との共通項を探し出すことである。例えば、自分の問題の変数を一つずつ入れ替えてみることは共通項を発見する有効な手段だ。変えた時に問題への興味が変わらない変数は、真の問題のための変数ではない。真の問題のための必須の変数とは、入れ替えた時に退屈になってしまうような――逆に言うと、入れ替えられない変数である。

最後の最後に、問い-問題-問題集団へのアプローチを、外向けの言葉で書くことでリサーチは完了する。

リサーチに必要なプロセスが明晰に説明されており、リサーチを行う時に立ち戻りたい一冊だった。

そしてもちろん、この手法は「リサーチ」に限られず、小説の執筆にも流用できるだろう。人は誰しも興味というものを持っている。その興味とは、その人のアイデンティティでもある。その人の興味から問いを立て、問題へと昇華し、外向けの言葉に変換することは、アイデンティティを探索(=リサーチ)するために、強力なプロセスとなってくれるだろう。特に、「変数入れ替え」は興味を明瞭にするために有効だろう。

よりビジネス寄りな一冊だと『外資系コンサルのリサーチ技法 事象を観察し本質を見抜くスキル[第2版]』(上原優)も見逃せないか。「答えるべき問い」(=知りたいこと)に対して、情報を「さがす」と「つくる」の両面からアプローチするべきとのこと。

 

5. 『反応しない練習』(草薙龍瞬)

悩みを生むのは「反応」だ。つい心を動かされてしまって「反応」してしまう。反応が「執着」を生み、苦しみを生む。

ではどうすれば反応と仲良くできるだろうか? と読者自身に問いかけるのが本書。結論から書けば、反応=執着=苦しみの連鎖とは常に向き合っていかなければならない。だが、本書は「苦しみとは結論ではなく、出発点である」と希望を示す。苦しみを自覚し、逆順に辿ることで反応の根源を発見することができる。

反応の根源は、妄想――なにかを求める心にある。私たちはまず、妄想と向き合い、そこにそれがあると肯定するところから始まる。それにより、妄想を解決できる課題へとブレイクダウンし、希望へと転じさせることができる。なにを求めているのかを正しく理解することこそが、苦しみを超える道である。

心を支配するのは妄想だけではない。「判断」もまた、心を支配している。良い/悪い、好き/嫌い……。判断の背後にあるのは「自分が正しいと求める心――妄想」だ。自分が正しくあって欲しいとつい判断してしまう。その「つい判断」からの卒業が、反応しない練習の第一歩だ。

レジリエンスの教科書』(カレン・ライビッチ、アンドリュー・シャテー)は、「認知行動療法」「マインドフルネス」をそれらの専門用語を使わずに、同じ目的を達成しようとする一冊。健康な人向け。

 

選外

読了には至っていないものの、紹介したい本です。

ブッダのことば』(中村元

寝る前にチマチマ読んでます。ブッダのことばは、一見して相反するようなことばだ。じっくり咀嚼しながら読むのが楽しい。

 

『ジャズ超名盤研究』(小川隆夫

今年からジャズを聴き始めました(詳細はこちらの記事)。その教科書です。

 

まとめ

来年もいっぱい本を読みたいと思っています。小説家だと、町田康と、今年はあまり読めなかった三島由紀夫、チャレンジしたい古川日出男(『平家物語』を積んでいる)。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』も少しずつ手を付けられたらなと願っています。あと〈自分の小説〉の種本もいっぱいインプットして、しっかりいいものアウトプットしたいなあ……。そんな感じで、来年もいい一年にできたら。

ではまた。