徳川まつりの同人誌『星々の姫』(サークル: イカロノハシ/作者: とg)(リンクはpixiv上のサンプルページ)を読みました。
宇宙船から虚空に放り出された宇宙飛行士*1は同じく虚空に浮かんでいた徳川まつりに助けられる。ふたりは短い共同生活を過ごす――。
徳川まつりは説明しない。
宇宙飛行士は徳川まつりに救命され彼女に驚愕する。彼は訊く。どうして生身で宇宙に、どんな星を目指して、どうして一人で……。
乙女にはそういう事もあるのよ
彼女は答えず、彼も答えを求めない。ふたりは一時的な共同生活を行い、彼は思い出したように尋ねる。宇宙ではなにを食べて、目指した星に着いたら……。やはり彼女ははぐらかす。
しかし彼は彼女を信頼する。
ふたりにはそれで充分だ。説明がなくとも信頼することはできる。その意味で彼女と彼との信頼関係とは契約ではない。
謎めいた過去を持つ徳川まつりと彼女の傍にいる男性の関係は、言うまでもなくアイドルの徳川まつりとプロデューサーのそれと同じだ。しかし本作はもう少し志の高い挑戦をしている。すなわち、プロデューサーからプロデューサー業務を抜いて、より非-取引関係の方へと純化させようと試みている。徳川まつりからプロデューサーへの贈与である。
生身のままで宇宙を渡ることのできる徳川まつりに『ただの作業員』たる宇宙飛行士が助けられる。彼女はあくまですこしだけ休ませてもらっていると語る。宇宙を生身で過ごせる乙女がどうしてただの人間の力を借りる必要があろうか? ふたりの間には歴とした生命力の差があり、徳川まつりは彼抜きでやっていけるし、彼は彼女なしでは死んでいた。
その差にも関わらず、ふたりの間には信頼関係がある。
私たちはしばしば信頼関係を語りの多寡をもって計ろうとするが、その試みは徳川まつりの前では失敗する。
徳川まつりを信じるとは語りを求めることではない。
彼女に自らを委ねることなのだ。
P. S.
細かい話を抜きにして、絵がかわいい、キューブリック的な雰囲気、黒と白のコントラストがいい、デフォルメされた顔がかわいい、絵がかわいい、絵がかわいい、絵がかわいいなどさまざまな視覚的な美点がある。
語らないことをテーマに描かれた漫画を支えるのは確かな画力である。
*1:曰く『ただの作業員』