箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

230831 2023年8月に読んだ本まとめ

本の感想のリアルタイムなまとめは Mastodon 限定コンテンツですが、外向けにもまとめておきたくなったので。定期的にやるかは不明です。

半導体戦争』(クリス・ミラー)

『説明組み立て図鑑』(犬塚壮志) 

『緊張しない・あがらない方法』(鴻上尚史

『アウトプット思考』(内田和成)

『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(三宅香帆)

『習得への情熱―チェスから武術へ』(ジョッシュ・ウェイツキン)

の6冊+小説。

半導体戦争』(クリス・ミラー)

半導体関係でお給金をもらっている身としては本当に興味深い内容でした。個人的には、究極のお客様であるインテルTSMC 、あるいはソニーといった、半導体を製品の製造プロセスに含んでいる(あるいは製品そのものである)企業の歴史を互いに関連付けながら読むことができたのが最大の収穫でした。工学部のエリート達によって生み出された「半導体」という新たな技術がビジネスの種となり、経営者は工学部から会計士に移り、国家の命運を握る鍵となる。その歴史を描いた一冊。

内容としては、とにかく半導体のビジネス!ビジネス!ビジネス! 半導体はビジネスとして生まれたごく初期こそはペンタゴンが最大の顧客であったものの、やがて CEO たちは民生品の需要を重要視するようになる。1970年代だか80年代の話だが、2023年現在にもその構造が続いている。米中の半導体を巡る貿易摩擦もまさにそこが焦点であり、結局、軍事転用されている技術であるにもかかわらず、アメリカ企業にとって(ペンタゴンより遙かに)巨大な市場である中国が魅力的すぎる。それがゆえに中国への技術移転が進んでしまう──。そんなジレンマが現代の米中の摩擦を引き起こしている。現代に関する記述はやや危機感を煽りすぎ感もあったが、歴史をここまで詳細に書いた本はこれが初めてか。

 

『説明組み立て図鑑』(犬塚壮志)

あなたは「結論ファースト」一本槍で説明していませんか? 本書は一般的に説明に有効と言われている「結論ファースト」で上手くいかない大人のために書かれています。「結論ファースト」が上手くいかない理由は、二つあります。
一つ目は、人は「結論=ファクト」だけで動くようにできていないからです。むしろ、ファクトが先に出されることで反感を覚えることすらあります。説明を本当に届けるためには、相手の「感情」にフォーカスする必要があります。本書は、長年にわたって駿台予備校で「説明」してきた筆者が認知科学に基づいて相手の「感情」を動かすための型を解説します。計80の型が収録されていますが、本当に大切なのは、相手の「感情」に焦点を当てることともう一つだけです。
そのもう一つとは、相手を「知る」ことです。「結論ファースト」が上手くいかない理由と重なりますが、客観的なファクトは客観的であるがゆえに動かしようがなく、相手の「感情」に合わせてチューニングできないのです。そして、相手の「感情」に訴えるためには、相手を「知る」必要があります。つまり、相手を「知る」ための事前準備をどれだけ深く行えるかが説明の成否を決めるのです。
説明の究極的なコツとはこの二つだけなのです。

私は仕事柄、開発者から上は役員にまで「説明」をすることが多いのですが、イマイチ相手に刺さっていないと体感することも多くありました。本書を読んで、その原因の一端が掴めたように感じます。
私は受け手の「感情」に訴える=受け手の立場になって考える習慣が足りていなかったんだと思います。孫子も「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と言うように「相手ファースト」なのです。
本書は一見すると80もの覚えきれないほどの説明の型を解説する本に見えるのですが、読み込んでいくと、説明の真髄とはたった二つ。
受け手の「感情」に訴え、そのために受け手を「知る」ことだけなのです。

 

『緊張しない・あがらない方法』(鴻上尚史

俳優の演技のためのメソッドに「スタニスラフスキー・メソッド」というものがあります。本書はそのメソッドを噛み砕き、平易な言葉で、俳優以外の私たち普通の人が日常でも使えるようにするための本です。「日常で演技?」と思われるかもしれませんが、それこそがタイトルの『緊張しない・あがらない方法』に直結しているのです。
私たちは人前に立つときに、つまり緊張しがちな場面では、人からよく見られたいという自意識に囚われているのだと、著者は説きます。緊張から解放されるためには、その自意識から解放されることが必須なのです。では、どうやって? その方法こそがまさに「演技」すること。演技に集中し、五感をフル稼働させることで、自意識を後ろ側へと押しやることができます。
とは言え、演技、普通は意識してすることってないですよね?
本書はそのような普通の人向けの一冊です。演技するため、すなわち五感をフル稼働させるためには「与えられた状況」を事細かに具体的にイメージし、分析し、自らをその状況へと没入させることが重要です。状況を味方に付け、自らを自意識から解放し、緊張から自由になるための方法を本書は詳細に明かします。

 

『アウトプット思考』(内田和成)

本書はコンサルタント必読の『仮説思考』『論点思考』の著者の最新作。本書が説くアウトプットのポイントは三つある。
一つ目のポイントは「仮説を立ててからインプット/アウトプットする」。インプットの際に情報に溺れないようにすることが重要だ。本来、インプットとはアウトプットのためである。アウトプットにリソースを割くためにはインプットをできるだけ省き、前者に注力するべきなのだ。出来る限り少ない手札で勝負せよと述べる。
二点目は「自分が期待される役割」に沿ってアウトプットの表現を変え、他のプレイヤーとの差別化を図る」こと。情報量が爆発的に増えた現代において、インプット量や仮説=目的のないアウトプットは既に価値を持たない。真の価値とは、アウトプット先の相手に「刺さる」ものを提供することだ。相手が自分に求める役割を把握し、その役割に応じなければアウトプットは刺さらない。
最後のポイントは「関心へのアンテナの感度を高く持ち続ける」こと。そのために、まずは関心のある領域を実際に書き出してみて、自分の頭の中を棚卸しすることだ。関心を客体化することで、自ずとアンテナの感度は高くなる。
勝負はアウトプットである。そのためにはインプットを減らしつつ質を上げることだ。

 

『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(三宅香帆)

「刺さる」小説を書こうとハウツー本を読む程度にはマメである一方でそのための参考資料を収集する手間は省きたい程度に面倒くさがり屋な(つまりほとんどの皆さんです!)方向けの本。
本書は「名場面を作れ!」に尽きます。全体としてイイカンジな小説よりむしろ引っかかり=名場面のある小説が提案されます。
名場面のために不可欠な要素は二つ。①予定調和ではないあらすじと②気分を盛り上げる演出。そうして完成された「語りたくなる」場面こそが名場面となります。
本書は、そんな「語りたくなる」名場面を日本の小説から集め、なぜ語りたくなるのか、どのようにしてそのシーンが作り上げられたのかを二十五の実例をもとに分析します。
分析は例えば、「二人の関係が変わるタイミング」は重要なことが起きていると読者にも認識させやすいので名場面となりやすい、ゆえにそのタイミングを狙えといったもの。そのタイミングは「出会い」「片思い」等々。それら全てが実例付きで解説されます。
本書は優れた分析者による分析集であると同時に、優れた読み手の頭の中を垣間見ることで読み手に「刺さる」小説を逆算できるようになるための一冊でもあります。

 

『習得への情熱―チェスから武術へ』(ジョッシュ・ウェイツキン)

チェスで全米チャンプになった後に推手(太極拳)の世界大会で優勝したという異色の経歴を持つ著者による「上達」に関するエッセイ風味の一冊。
上達とは、基礎段階、推移段階および応用段階に分かれる。上達の基礎段階を決定づけるのは、習得する物事に関するアプローチだ。アプローチには「得意だから達成できた」と「頑張ったから達成できた」との二種類が存在する。このうち後者の方が、物事に対する見方が理論的になり、能力は漸次的に増大し、ついに熟達する。前者は、能力が実体として固定されたものだと思い込んで、熟達への道が閉ざされている。
推移段階では、あえて複雑さを取り払ったシンプルな状態で物事に取り組む。これにより、物事の本質をよりクリアに習得することができる。
応用段階では、本質同士を組み合わせ、それらを無意識に取り出せる一つの「チャンク」へと昇華させる。当初は意識的にしか組み合わせることのできなかった複数の本質だが、やがて一連の手続き=チャンクとして無意識に扱うことができるようになる。本質を細かく刻み、組み合わせ、無意識に扱えるようにする。これこそが「上達」だ。