箱庭療法記

人々がきらきらする様子に強い関心があります。

231031 2023年10月に読んだ本まとめ

本の感想のリアルタイムなまとめは Mastodon 限定コンテンツですが、外向けにもまとめておきたくなったので。定期的にやるかは不明です。

①『ストラクチャーから書く小説再入門』(K. M. ワイランド、シカ・マッケンジー

②『アウトラインから書く小説再入門』(K. M. ワイランド)

③『教養としてのエントロピーの法則』(平山令明)

④『会話を哲学する:コミュニケーションとマニピュレーション』(三木那由他

⑤『大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた知能』(岡野原大輔)

⑥『マナーはいらない 小説の書き方講座』(三浦しをん

⑦『聞く技術 聞いてもらう技術』(東畑開人)

⑧「竜と沈黙する銀河」(阿部登龍)

⑨『ザ・スタッフ 舞台監督の仕事』(伊藤弘成)

⑩『半導体ビジネスの覇者』(王百禄)

⑪『イノベーション四季報【2022年冬号】半導体ビジネスを生き抜く航海図』(発明塾

⑫『僕がコントや演劇のために考えていること』(小林賢太郎

⑬『書きたい人のためのミステリ入門』(新井久幸)

①『ストラクチャーから書く小説再入門』(K. M. ワイランド、シカ・マッケンジー

小説を書くときのバイブル。たぶん5回目くらいの再読。
大枠としての三幕構成の基本的な考え方から、さらに踏み込んで、各幕を形成するシーン、シーンをさらに「シーン(アクション)」と「シークエル(リアクション)」に分解し、最後は「シーン」と「シークエル」とを最小単位まで説明し尽くす。
プロットを立てるときの手順を様々提示してくれて、長編を書くことが怖くなくなる。そう、手順が分かれば怖くなくなるのだ。

 

②『アウトラインから書く小説再入門』(K. M. ワイランド) 

たぶん4回目くらいの再読。
小説を書くときに「プレミス」(=一文で小説を示す文章)を作れって言われるじゃないですか、で、「アウトライン」(=プロットのようなもの)を作れって言われるじゃないですか。その作り方の本ですね。
『ストラクチャーから書く~』はプロットの構造(1:2:1で分けましょう、とか、行動-反応を書きましょう、とか)だったのに対して、『アウトラインから書く~』はプロットのあり方について論じています。つまり、プロットを広げ、深めていくにはどのように自己(=キャラクター)と対話をしていくべきか、と。
プロットをどう書けばいいか悩んでいる人向けの一冊。

 

③『教養としてのエントロピーの法則』(平山令明)

本書は構成に特徴がある。エントロピーのさわり、情報エントロピー、物質のエントロピー、筆者の考える未来論の4章構成となっている。私は物理工学科を出た読者なので、情報エントロピーが物質のエントロピーより先に置かれていることに面白味を感じた。読み進めると納得で、平易で抽象的なコイン/サイコロを使った思考実験(情報エントロピー)から、複雑で具体的な気体/熱の挙動の解説(物質のエントロピー、自由エネルギーなど)へと、平易な抽象から複雑な具体へと発展していく。
エントロピーを数式で表現することを恐れなかった点は見事である。いい意味で学部時代の講義を思い出しながら読めた。また、情報と物理の「乱雑さ」がどのように似ているかを、高々150ページの1冊で例示できたのはむしろ編集の腕が光ったか。総じて「なんかわかった気にさせてくれる」1冊である。
ただ、想定読者が割と謎で、対象は理系高校生~理系学部1年生向けか(文系課程の読者でも読めるようにと書かれているが、正直に言うとかなり困難だと思う)。もう少し専門向けか一般向けかにしても良かった感はある。
また、未来論は特に読むに値しない。

 

 

④『会話を哲学する:コミュニケーションとマニピュレーション』(三木那由他

会話がどのようにして成り立つのかを分析する一冊。会話を「コミュニケーション」および「マニピュレーション」の側面に分解し、前者は互いに約束事を形成すること、後者は聞き手の心理に影響を与えようとすること、と定義する。日本の(比較的)新しい漫画・文芸から様々な会話をサンプルとして取り上げ、それらが有する「コミュニケーション」および「マニピュレーション」の側面を実作と照らし合わせながら説明する。
個人的に興味深かったのは、「コミュニケーション」が備える約束=責任の側面を成立させるため/あるいは成立させないために高度な心理戦が仕掛けられるということ。『同級生』の分析が面白く、お互いに(内心では)了解している事柄だけれど口に出してしまうと約束=責任が生じてしまう……、責任を負いたい側(責任を負わせたい側ではなく)からのアプローチという考え方は、私の抽斗にはなかった。勉強になる。

 

⑤『大規模言語モデルは新たな知能か ChatGPTが変えた知能』(岡野原大輔)

ChatGPTを初めとする大規模言語モデルの仕組みを、基礎技術から新たな萌芽技術まで幅広く紹介しながら、数式抜きで解説する。
知り合いに情報系の方々が多いのだが、彼らの話す言葉が年々わからなくなっていた(「逆誤差伝播法」とかね。「汎化」とかでさえ正確にはよくわかってないし、そもそも超重要らしい「シャノンの定理」からしてふんわりもわかってなかった)。大規模言語モデルの前身のディープラーニングからその前身のニューラルネットワークまでキーワードを丁寧に紐解いて通史的に書いた本書は、全体像を見通すのにうってつけの一冊だった。
ところで、本書を含む「岩波科学ライブラリー」は、私のデッキになかったが、ブルーバックスよりほどほどに高度っぽく、私はちょうどいい読者なのかもしれないと思った。

 

⑥『マナーはいらない 小説の書き方講座』(三浦しをん

小説の書き方を24+αの章から説く一冊。想定読者は、①ウェブ系を中心に活動しており、②短編をより良く書きたい書き手か。自分が想定読者から外れていたのと、1章当たりの情報量が少なく読み応えに欠けていたのとで、私のための本ではなかった。また、筆者の体験がいい具合に一般化されていなかったのも個人的にはマイナスポイントでした。

 

⑦『聞く技術 聞いてもらう技術』(東畑開人)

カウンセリングに20年近く携わってきた著者による、素人の私たちでも「聞く」ことができるようになるための一冊。本書の特筆すべき点は、類書にあるような「聞く」だけに焦点を絞ったものではなく「聞いてもらう」にまでアプローチした点。「聞く」と「聞いてもらう」とはセットであって、循環しながら補完するものであるというのが本書の趣旨。
また、私はここを興味深く読んだのだが(やはり類書にあるような)小手先のテクニックを紹介しつつもさらにその背景……つまり、「聞く」/「聞いてもらう」が機能不全に陥っているときには「孤立」が原因となっているのだ。孤立を一朝一夕に解決することはできないが、小手先でも「聞く」/「聞いてもらう」を徐々に機能させていくことは不可能ではない。本質的に時間を必要とする営みであるが、そのための手がかりは誰にでも手の届くところにある……そう説く本書に救われた気がした。

 

⑧「竜と沈黙する銀河」(阿部登龍)

竜のレースの騎手として生を受け、やがて紛争で分かたれた姉妹が25年の時を経て再会する──。
読みどころはやはり、竜が当然のように存在する地球か。私たちの知っている地球に竜がいるのだが、設定の辻褄を合わせるような無理が一切なく、我が物顔で暮らしている。本編で語られたストーリーの背後に、竜のいる地球の歴史を感じた。
最後に開かれたレースが好きですね。語りは内省的なモノローグが多めながらアクションは全体を通してテンションを上げ続けている。レースが描かれることは読者の誰もが予感するところで、「まだかまだか」と焦らされ続けて最後の最後に疾走感のある乗った筆でやってくる。
散りばめられたガジェットやこの世界に特有の新種も味があり、ホタルリクガメの下りは相当秀逸。シリーズで読みたいと思わされました。

 

⑨『ザ・スタッフ 舞台監督の仕事』(伊藤弘成)

〈自分の小説〉の資料のために。大学時代の舞台系サークルのときに読み継がれていた「聖典」だった一冊(マジでボロボロで、あちこちに書き込みと付箋がされていた)。先日、本屋で不意に見かけて手に取った。卒業してからスコンと記憶から抜けていたのだが、現物を目にして様々な記憶が蘇った。
基本的に、イチから舞台を作る学生さん向けの本である。内容についてはここで紹介しても仕方ないので省く。
自分用メモ: 第IV章は特に使える。


⑩『半導体ビジネスの覇者』(王百禄)

TSMCがいかにして半導体業界において最強の覇者となったかを説く一冊。まず「ファウンドリー」がビジネス上の発明だった。ファウンドリーとは、半導体の設計は行わずに製造のみに携わるモデルである。言い換えると、顧客からもらった設計通りに部品は作るが、設計は行わず、もちろん完成品も作らないモデルだ(逆に、垂直統合型のインテルサムスンは、半導体の設計から製造から完成品までを一貫して行う)。TSMCは、このモデルにより顧客と競合する必要がなくなった。つまり、顧客は自社の完成品に関する情報が流用されることを心配しなくてもよいということだ(インテルサムスンに、誰が自社のパソコンやスマホに使われる半導体を製造させたいだろうか? 完成品に関する情報が漏れるかもしれないのに)。覇者となったTSMCは勝ち続けるだろう、と締めくくられる。
今年の傑作『半導体戦争』よりも半導体ビジネスにフォーカスを絞っており、企業研究には必須か。

 

⑪『イノベーション四季報【2022年冬号】半導体ビジネスを生き抜く航海図』(発明塾

キヤノンが発表した「ナノインプリント」および特許の統計に関する見せ方の勉強のために。
著者が元ナノインプリント技術者(希少な!)なのは思わぬラッキーだった。ナノインプリントについては技術の基礎から応用先まで広く深く、価値のある一冊。
特許の統計の見せ方については、IPCおよびCPC(単なる分類)の年次推移に留まる単純なもので、インサイトは少なかった。ただ、それでも一定の説得力を持たせることに成功していたように思われる。これはこれで学びになった。
他の技術的なパートは(最先端の特許技術を除き)大体知ってたが、「四季報」の通り、企業については網羅的な記述を目指しており、やはり勉強になった。
厚みは薄い一冊だが、持っておくと何かと便利か。

 

⑫『僕がコントや演劇のために考えていること』(小林賢太郎

ラーメンズ小林賢太郎が、舞台をやっていく上で心がけている100の物事について。心構えの本であると同時に、セルフブランディングのやり方(あるいはマイセルフへのなり方)の本でもあった。芸を突き詰めた人が、ある意味では当たり前にしか思えないことを淡々と書いていくのは凄みがあった。普通が大事なのだ。

 

⑬『書きたい人のためのミステリ入門』(新井久幸)

耳が痛い~~~~~。ベテランのミステリ編集者がミステリの書き方、ひいてはプロの小説家のなり方を説く一冊。クリティカルヒットで刺さったのは「下手でもまずは『自分一世』になれ。上手い『○○二世』ではなく」という下り。私は研究者型の書き方をするので、相当に意識しないと『○○二世』になってしまう。知り合いは「狂気」と読んでいたが、そういう、誰にも負けないエッセンスを注入できるようになりたい。

以下、読んでて参考になりそうだった点。
・伏線はダブルミーニングが望ましい。つまり、一見して常識的なことが書かれているが、再読するとその謎に特有の伏線となるシーンを書くこと。
・伏線はきれいなものを数少なく張るのではなく、とにかく数をバラして万遍なく張ることが望ましい。
・謎は、一本の補助線が引かれることで見え方が全く違うものに、明瞭さを帯びるように書くことが望ましい。
・出来事・心理描写は一から十まで説明するのではなく、敢えて「隙」を作ることが望ましい。その隙に、読者が感情移入する余地が生まれる。